Joan Shelley「Joan Shelley」〜うたそのものが生み出す、守られるべきノスタルジー漂う穏やかで幽玄な作品
名盤や最高傑作なんて仰々しい言葉があまり適切でないくらい、優しく潤いのあるフォークミュージック。そんな素敵な作品を作り上げた、ルイヴィルの女性シンガソングライター、Joan Shelley。セルフタイトルでリリースされた彼女の、オフィシャルなリリースとしては4作目(2010年の自主制作盤”By Dawnlight”を入れると5作目)となる作品は、何かテーマを持って作り上げられたというよりは、今現在の彼女の自然な佇まいが生んだかのような、何の気負いもない魅力ある作品となっています。
個人的にJoan Shelleyを知るきっかけとなったのが、以前彼女がメンバーとして活動している(2015年の作品「Wolvering」が最新作)、オールドタイミーな音楽を奏でる3人組の女性グループ、Maiden Radioのメンバー Cheyenne Marie Mizeを通じてのこと。Maiden Radioの作品を始め、Bonnie “Prince” Billyとの共演作「Among the Gold」があまりに素晴らしくって、Cheyenne Marie Mizeを追いかけるようになったのですが、同時に、Maiden Radioには、Joan Shelleyも参加しているんですよね。ソロ作では、徐々にロック寄りにシフトしてゆくCheyenne Marie Mizeに対して、Joan Shelleyは、サブポップからリリースしている、ダニエル・マーティン・ムーア(Daniel Martin Moore)とのデュオアルバム「Farthest Field」(2012年作:シンプルな弾き方り作で両方のファン必聴作です)をリリースした同じ年に、ダニエル・マーティン・ムーアのプロデュース(演奏でも参加)で、ソロ作「Ginko」をリリースします。
「Ginko」は、Maiden Radioのメンバーや、ダニエル・マーティン・ムーアと共演作「Dear Companion」をリリースしているチェリスト、Ben Solleeや、そしてこの作品以降、Joan Shelleyの作品には欠かせないギタリスト、Nathan Salsburgなどが参加しています。既に、現在の作品でも聴かれる、タイムレスなうたごころはもちろん、シンプルなアプローチは、彼女の魅力を引き出したものとなっているだけに、前半数曲のドラムの入ったオルタナティヴなアプローチがちょっと悔やまれる良作です。
ただ次作の「Electric Ursa」(2014年)では、バンドサウンドやエレクトリックなアプローチの中でも大味にならない、彼女のソングライティングの深みがますます充実したものになっていて、これをシンプルにアコーステックで聴かせてくれたら…なんて贅沢な感想になってしまうほど、彼女の歌唱力だけでとても不思議な心地よいムードを生み出しているのが感じ取れる、本当にうっとりとしてしまう作品です。この作品では、ますますNathan Salsburgの参加が増えてきていて、彼の参加トラックも聴きどころの一つなんですが、タコマスタイルをベースとした流麗なギターをバックに気持ちよく歌うJoan Shelley。これまでありそうでなかったシンプルなフォークスタイルが実に風通しが良く、表情豊かに聴こえるんですよね。この良い流れが、次の「Over and Even」に繋がっていきます。
「Over and Even」(2015年作)は、ジャケットの写真の印象そのまま、まさに写っているJoan Shelley、Nathan Salsburg(おそらく)2人が中心となって作られた作品です。歌心をサポートするようなギターとの2人三脚な作りが、バンドサウンドにはない、ぬくもりあるムードを生み出し、心洗われるJoan Shelleyのうたがしっとり、そして確かな余韻を残してくれます。アメリカの伝統手法踏まえた、現在進行形の、ぬくもりあるフォーク・ミュージックとでもいいましょうか、伝統的なケンタッキーの音楽やアパラチア音楽、そしてパーラー・ソングなどを深く探求してきたMaiden Radioでの活動も含め、それら要素を自身の懐に囲い込み、ようやく自身の表現スタイルを見出し、恵まれた資質が開花したといっても良い内容です。参加ゲストもさりげなく豪華で、Will Oldhamとのデュエットや、Nathan Salsburgと共演作をリリースしているJames Elkingtonのギター、そしてレイチェルズのRachel Grimesのピアノなど。ちなみに、Nathan Salsburg、James Elkington両ギタリストが参加し、「Over and Even」の延長線上に位置する、翌2016年にリリースされた7インチ「Cost of the Cold / Here and Whole」も是非とも聴いていただきたいアルバム未収録の逸品。既にこのころから新作の制作が進められているというアナウンスもあり、とても心地よい余韻が残る収録曲からは、ますます新作に期待を抱かせるものでした。
そしてついにリリースされた、4作目となる作品は、冒頭の説明通り、セルフタイトルが物語るように、まさにJoan Shelleyのキャリアの中で、まさに機が熟した極上の逸品に仕上がった内容となっています。プロデュースには、ウィルコの中心人物、ジェフ・トゥイーディー。メイヴィス・ステイプルズや、Low、リチャード・トンプソンなど、ルーツ系を中心に、多くのプロデュース業でも実績があります。レコーディングはもちろん、シカゴにある彼のスタジオThe Loftで、エンジニアには、ウイルコ始め、ノラジョーンズや、ライアンアダムスなどの作品にも関わっているTom Schickと、万全の体制です。参加メンバーは、7インチ「Cost of the Cold / Here and Whole」でのメンバーに加え、Jeff Tweedy、そしてJeff Tweedyの息子、Spencer Tweedyがドラム&パーカッションで参加しています。
この作品の素晴らしさのひとつは、ロフトでの素晴らしいレコーディング環境もあるんですが、ジェフ・トゥイーディー始め参加ミュージシャンが、Joan Shelleyのソングライティングの魅力をかなり意識していたことでしょう。サウンド面からムードを生み出しフォローするというよりは、歌の骨格を崩さないよう、うたそのものが生み出す、守られるべき部分を理解し、気を配っていることが、作品全体からとてもよく伝わってくる。
誰にでも親しみやすい軽やかな歌から、憂いを帯びた歌唱まで、彼女の本来持つ繊細さと優雅さは、どの楽曲でも変わらず、幽玄なムードの中でのドリーミーなノスタルジーは、どこかローラ・ギブソンを思わせるところも。彼女の地道に歩み続けた、ルーツへの愛着を感じさせながらも、普遍的なメロディーを紡ぎ続ける、Joan Shelley。是非この作品で、彼女の魅力に浸ってください。
■Tracklist
01. We’d Be Home
02. If The Storms Never Came
03. Where I’ll Find You
04. I Got What I Wanted
05. Even Though
06. I Didn’t Know
07. Go Wild
08. The Push and Pull
09. Pull Me Up One More Time
10. Wild Indifference
11. Isn’t That Enough
Quentin Sirjacq「Far Islands And Near Places」〜デリケイトに調和する美しい音の響きとリズムの調べ Francesco Morite「Nautilus」(Stella Recordings)〜異国情緒溢れる美しい響きにうっとり The Unthanks『Diversions Vol. 4 – The Songs And Poems Of Molly Drake』 Grouper 『Grid of Points』(kranky) 注目のレーベルeilean recからリリース!Richard Ginns最新作「Until The Morning Comes」