Henning Schmiedt「Schöneweide」(flau)
何にも代え難い、人の優しさに触れるような、様々な思いに浸れる作品
日本でもリリースされている作品は、すべてロングセラーとなり、コンサートを開けはすぐにソールドアウトとなるほど、ジャンルの壁を超え、多くの人に愛され、そしてコアなリスナーをも納得させる魅力ある旧東ドイツ出身のピアニスト、ヘニングシュミート。今年、同じベルリン在住のヴァイオリン奏者Christoph Bergと録音した初の二重奏作品「Bei」をリリースしたばかりですが、今作「Schöneweide」は、待望のソロ最新作となります。
今でこそ、垣根のない人気を誇る彼ですが、思えば、日本で最初に紹介された「Klavierraum」(2008年)は、今改めて聴くと、電子音と、エフェクトを空間的に使い、アコーステックピアノの美しく鮮やかで尖ったフレーズを含め、ヘニングシュミートが、ここまでの人気になるとは、という部分と、音と音の間、余韻というものが、これまで聴いたピアノ作品にはない甘美な結びつき、儚い温もりを抱いた作品で、新鮮な感覚を覚えたのを今も思い出します。「Klavierraum」は、ピアノソロを主体とした作品としては、結構実験的な作品だなーと思うところもあって、そのことを本人に会った時に確認したら日本語で「そう、エクスペリメンタルですね」と認めているのですが、彼のエクスペリメンタルというのは、日本で受け止められている”実験的”という意味とはちょっと違うように感じる。
あらかじめ、決められたビジョンというよりも、その当時、「妊娠中の妻が暑い夏を心地よく過ごせるように」という思いが自然と表れたのが、「Klavierraum」であり、そこでの彼のピアノは、その創造性をそのまま、文学的に彩色されたものではなく、純粋な音の響きの色彩なのです。そして、必ずテンポの伸び縮みがある。速く弾ける人はたくさんいますが、要所要所でテンポの伸び縮みがあって、もちろんリズム感の正しさや、音楽的センスも通っていて、とても洗練されている。そして、それら音の周囲に雰囲気与える、電子音の浮遊する佇まい、余韻が、ヘニングシュミート独特のロマンティシズムを生み出している。それらを無自覚にそのまま作品に落とし込むことこそ、彼の実験性ともいうべき、根っこの姿なのかな…と私自身考えています。
「Klavierraum」の話が長くなってしまったのですが、「Schöneweide」は、過去の3作品『Schnee(=雪)』『Spazieren(=散歩)』『Wolken(=雲)』と趣の違ったのもとなっている。それは、アルバムジャケットにも表れていて、前作「walzer」から写真ではなく絵のパターンに変化している点、そしてピアノの印象も、過去3作品での情景からのインスピレーションではなくより内面から導かれたかのような、彼の人情味みたいなものが滲み出ていて、来日時を含め、彼の人柄に触れた方、その演奏を聴いた人も、彼の奥深い優しさ、そして、潜在的に常にある揺るぎない情熱みたいなものは当然理解されていると思うのですが、意外と作品の中では、そんな一面をしみじみ味わうという印象がなかったなぁ…というのを「Schöneweide」を聴いた時、改めて気づいたのです。
あまり表立ってこないけど、これまで東西冷戦〜ベルリンの壁崩壊を直に味わい、辛酸なめた人だからこそ滲み出る人間味が生み出す、心地よい哀愁(青臭いセンチメンタル的なという意味ではないですよ)、それが「Schöneweide」の魅力の核となっているようにも感じる。本作は、大きく分けて2つの構成で作品が成り立っていて、前半7曲は、アコーステックピアノだけの演奏で、今までにないくらいじっくり、丁寧に、そして優しく聴かせてくれるピアノ演奏に引き込まれてゆく。ゆっくりと、彼の内面深く、心の反響のような親密で慰めのようなピアノ、そして残り後半は、本人がエクスペリメンタルなパートと呼んでいた、「Klavierraum」や「Schnee」で聴くことができる浮遊する電子音の幻想的な佇まいや、効果音的に使われる逆回転やテープの巻き戻し音、靴の音などのサンプリング音が、ピアノとが、より一体となり奥深い内なる空間を生み出していて、2016年にリリースされた、東京出身のアーティストausとのプロジェクト、HAUでの成果もきちんと落とし込まれ、あえてアルバムのバランスを考えると、あまり好ましくはないのかもしれないけど、ベルリンのインダストリアル・ミュージックからの影響を感じさせるトラックも差し込まれていて、彼の音楽への好奇心を随所に感じ取ることができる。
相変わらず心解き放ってくれる繊細で優美なピアノ
だけどアルバムを通して聴く限り、前述のことを気にしなければ、とてもトータルにまとまりある構成で、不思議と、なんら違和感なく、すっと聴くことのできる作品なんですよね。それはまるで、親しい人からの手紙が届いた時のような、なんとも言えない感覚で、相変わらず心解き放ってくれる繊細で優美なピアノは、聞き手側の、空想のスイッチをオンにさせる何かが潜んでいるかのように、目を瞑ると何にも代え難い、人の優しさに触れるような、様々な思いに浸ることができる作品なのです。
<収録曲>
01. mondlied
02. kühle lippen
03. seegrün
04. den hügel hinauf
05. für sota
06. plötzlich froh
07. behütet
08. blauer wind
09. barfuß laufe ich
10. aus voller Kraft
11. kann dich schon sehen
12. verstreute kirschen
13. immer noch
14. frühlingsregen fällt
15. weißer dunst (cd bonus track)
Goldmund「Corduroy Road」[LP](Unseen) The Green Kingdom「The North Wind and the Sun」(Lost Tribe Sound) Sebastian Macchi「Piano solito」(Bar Buenos Aires / Shagrada Medra) MIHO KAJIOKA / Observatories (Ian Hawgood & Craig Tattersall)「flowers bloom,butterflies come」(iikki books) nous (Marie Séférian and Henning Schmiedt)「je suis」(flau)