Emma Tricca『St. Peter』(Dell’Orso Records)

ローマ出身、ロンドンで活動している、女性シンガーソングライターEmma Tricca。デビュー作以前、ローマでのライヴ後、ペンタングルのジョン・レンボーンと出会うことにより、活動の拠点をロンドンへ移すことになります。

2009年には、アンディ・ヴォーテルが主宰する、FINDERS KEEPERSのサブレーベルBird Recordsより通算2作目、オフィシャルとしては、ファースト作として「Minor White」がリリースされます。包容力ある歌と、さらりと、そして巧みなアコーステックギターに、わずかなピアノとパーカッションが、派手さはないものの、彼女の滲み出るメランコリックなメロディーがしっとりと沁みる作品です。

その後、2014年には、「Relic」をリリース。この作品も「Minor White」同様、自身の引き語りをベースとしつつも、所々でパーカッションやオーケストレーションが加わったりしながら、彼女の歌世界はよりマジカルな装いに変化してゆきます。そして、彼女はより「奇妙なことを探る」ことに満足せず、通算4枚目となるアルバム『St. Peter』に取り掛かかることになります。

この作品の背景には、サウス・バイ・サウス・ウエストでのJason Victorとの出会いが深く関わっています。80年代よりネオ・サイケデリア・ムーヴメントを代表するバンド、ドリームシンジケードの再結成時に加入したギタリストですが、Steve Wynnのバンドメンバーでもあった彼の参加は、『St. Peter』の持つ幻想的な音世界に、大きく貢献しています。

他にも、60年代初めから中頃にかけて、ジョーンバエズとともに、アメリカのフォーク・シーンを支えていた、ジュディ・コリンズに、ソニックユースのドラマー、スティーヴ・シェリー、そして、ジャイアント・サンドを率いる、「砂漠のルーリード」こと、ハウ・ゲルブら、そうそうたるミュージシャンたちが参加。

これまでの作品で聴かれたシンプルなアコーステックギターの引き語りスタイルから、バンド・サウンドでのレコーディングとなっている。近年のフォークシンガーがバンドサウンドで作品を作ると、大味で本来持っている歌心やアーティストの佇まいすらも放棄してしまうような作品が多い中、Emma Triccaについては、従来の彼女自身が持っている華麗なアコースティック・ソングライティングに加え、エレクトリック、ストリングスの装飾と、ロック的なダイナミズムを結び、情感豊かなムードを、バンド全体で精緻に生み出している。

その結果、本作「St Peter」は、彼女の作品中、最も実験的なものでありながら、浮遊感あるファンタジックで、魅力的なフォークロックに仕上がっている。特に、ギターのJason Victorの貢献は大きく、このアルバムのやわらかいサイケデリックな雰囲気と、Emma Triccaの持つナイーヴな感性とのコントラストが見事で、彼女の新たな可能性を見せてくれる。特に、”Solomon Said”では、ゲストにジュディ・コリンズ迎え、バンドが奏でる、素朴な美しさと覚醒感に満ち溢れたサウンドが徐々に高揚感を誘い、やがてジュディ・コリンズのポエトリーが宙を舞う。

彼女の芸術的なビジョンを示した素晴らしい作品だと思う。

01. Winter, My Dear
02. Fire Ghost
03. Julian’s Wings
04. Buildings In Millions
05. Salt
06. Green Box
07. Mars Is Asleep
08. The Servent’s Room
09. Soloman Said
10. So Her It Goes

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