Fergus McCreadie – The Shieling(Edition Records)〜スコットランドの伝統とジャズで描いた鮮やかな音の風景
Text : KENJI TERADA(PASTEL RECORDS)
2025年の個人的に嬉しかったことの一つが、スコットランド出身のピアニスト/作曲家、ファーガス・マクリーディー(Fergus McCreadie)の作品を、PASTEL RECORDSで取り扱うことができた、ということでした。思えば、2022年作の「Forest Floor」からずっと取り扱いたかったのですが、今回、彼の最新作でもある『The Shieling』を取り扱うことがで、本当に感無量。しかも内容は、より深く自身のルーツと向き合った、味わい深い内容なのです。
伝統とジャズを繋ぐ、若き才能の歩み
Fergus McCreadieは、Royal Conservatoire of Scotland(スコットランド王立音楽院) のジャズ科で学び、そこでベーシストのDavid Bowden デイヴィッド・ボウデンとドラマーのStephen Henderson スティーヴン・ヘンダーソンと出会い、現在のトリオ編成が形成。彼の音楽は 現代ジャズとスコットランドのフォーク音楽を融合した独自のスタイルで知られます。自然の風景や民俗的な旋律からインスピレーションを得ており、「ジャズは一種のフォーク音楽である」という考えを持っていることでも知られています。
弱冠20代半ばにして、ジャズ・アーティストとして初めて「Scottish Album of the Year (SAY) Award」を受賞。さらに、名誉あるマーキュリー・プライズにもノミネートされるなど、ジャンルの枠を超えて高い評価を得てきました。これまでの作品『Forest Floor』や『Stream』では、森や川といった風景を、時にダイナミックに、時に繊細に描き出してきました。しかし、2025年にリリースされた本作『The Shieling』において、彼はさらに一歩、その内省的な深淵へと足を踏み入れています。
島のコテージ、アップライトピアノ、三人の呼吸の深化
スコットランドの最果て、アウター・ヘブリディーズ諸島にあるノース・ウイスト島。ファーガスと長年の信頼を寄せるトリオ(デヴィッド・ボウデン、スティーヴン・ヘンダーソン)が、今作のレコーディング場所に選んだのは、人里離れた場所にひっそりと佇む一軒のコテージでした。
録音に使用されたヤマハのアップライトピアノは、なんとイングランドのエセックスからスコットランドの離島ノース・ウイスト島まで運ばれました。人里離れた小さなコテージにピアノを運び入れる作業は非常に困難だったみたいで、わずか2インチ(約5センチ)ほどの隙間しかない狭い空間に、1時間かけて慎重に設置するという困難を経て実現されました。磨き上げられたグランドピアノの輝きではなく、木が軋む音や、鍵盤が戻るかすかな振動、そして部屋の空気が震える気配までを吸い込んだその音は、これまでの作品にあった「洗練」とはまた異なる、フォークロアな生々しさを纏っています。
トリオの静かなる転換期:『The Shieling』
アルバム・タイトルの『The Shieling』とは、ゲール語で「夏の避暑地」や「人里離れた小屋」を意味する言葉。 その名の通り、ここには三人が数日間、島に身を置き、即興的に紡ぎ出した音楽が収められています。この作品は、綿密に計画された過去4作とは異なり、具体的な音楽的計画はほとんどなかったといいます。録音場所であるコテージに到着してから、2日間かけてアイデアを練り上げ、ワークショップ形式で曲を形にしています。
もともと、マクリーディの楽曲制作には、スコットランドの地理や自然環境が深く関わっていますが、彼はスコットランドにある3,000フィート(約914メートル)以上の山々に登ることから深いインスピレーションを受けており、山頂の静寂や、澄み渡る空気を楽曲に反映させています。そして、最新アルバム『The Shieling』のアイデアの多くは、こうした登山の旅から生まれたと語られています。
彼らの演奏は、シンプルな旋律→反復→展開→爆発という構造が鮮明で、トリオが静から動へと変化する“プロセッション”にゾクゾクさせられたり、美しい旋律にうっとりさせられたり、ライブ的なダイナミクスが本当に素晴らしいのですが、冒頭、バグパイプを思わせるドローンが響き渡った瞬間、リスナーの視界には霧深い風景が広がり、波の満ち引きのような静かなリフレインと共に、ヘブリディーズ諸島の自然(正直、私は行ったこともないので、どんなところかも想像もつかないけど)を雄弁に物語る演奏がゆっくると広がってゆきます。
過去作品でも、スコットランド民謡的な叙情や旋律の影響はありましたが、本作では、スコットランドの風景のど真ん中で録音することにより、彼らのフォークロアな根っこの部分が、より一層、深まったものとなったのではないでしょうか。伝統的な旋律が、あるがままに彼らの演奏に溶け込んだ、トリオでの表現の美しさはこの作品では格別に味わい深いものとなっていて本当に素晴らしい。
今作のプロデュースを手がけたのは、トランペット奏者としても知られるローラ・ジャード(Laura Jurd)。彼女の「磨きすぎない」ディレクションにより、音楽は非常に風通しよく、ジャズの即興性とフォークの素朴な歌心が、互いの境界線を失うまで深く混ざり合っていて、Fergus McCreadieのダイナミズムとデリカシーの相まったピアノフレーズに耳を奪われてしまう。ちなみに、彼女が現地に到着してから、最終的に1日で100テイク近くを重ねるという過酷なセッションを経て、アルバムを完成させております。
相も変わらずの惚れ惚れするテクニカルさと、叙情的で奔放な即興展開は、溜息ものの素晴らしさなのですが、この作品では、空白・余韻・静寂の活用がより、明確になっているような気がする。曲を順に辿るうちに、風の音、湿った空気、木の匂いまでが想像の中で立ち上がり、聴き終えたとき、どこか遠くを旅してきたような、同時に「帰ってきた」ような懐かしさを抱くのも、この作品の魅力の一つではないでしょうか。
▪️収録曲(トラックリスト)
1. Wayfinder
2. Sparrowsong
3. Lily Bay
4. Climb Through Pinewood
5. Fairfield
6. The Path Forks
7. Windshelter
8. Eagle Hunt
9. Ptarmigan
10. The Orange Skyline
投稿者プロフィール

- 生まれも育ちも奈良県葛城市。大阪は阿倍野区にあった中古レコード/CDショップにて約13年の勤務後、2006年5月にネットショップをスタート。現在は、音楽以外の仕事もこなしつつ、不定期で、大阪大正区にある、井尻珈琲焙煎所にて、出張販売を行っています。
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