コーヒーを飲みながら聴きたい音楽 Vol.02


text & select : Kenji Terada (PASTEL RECORDS)

 コーヒーを飲むこと、それはコーヒー好きにとって、ささやかだけれど、気持ちをリセットするのにとても大切なひととき。そしてそんな時間を、もう少しだけ心地よく演出したい時は、微妙なようで絶妙な音楽をチョイスすること。

どのようなコーヒータイムを過ごすか?もちろん人それぞれ自由なのですが、もしあなたが、もう少しだけ豊かなひとときを望むのであれば、今よりも、ほんの少しだけ、音楽を知り、そして自分で選ぶことをお勧めします。なぜなら、”心地よさ”というのは、必ずしも目に見える影響だけではなく、潜在意識の中とも親密に繋がっているから。

vol.1では思った以上に好評でした「コーヒーを飲みながら聴きたい音楽」。今回セレクトした作品も、前回同様ジャンルという境界線はありません。見知らぬ音楽家の作品だらけでも、ぜひオープンな気持ちで興味を持っていただけると嬉しいです。ここで紹介する作品が、あなたにとって、偶然から必然の出会いになることを願って…。

Molly Tuttle & John Mailander
『Molly Tuttle & John Mailander』 (Back Studio Records) 2014

共に、ブルーグラス界の若き演奏家でもある2人のデュオ作(一人ゲストが入ってますが)。John Mailanderは、バークリー音楽院卒のフィドルプレイヤーで、ブルーグラス界問わず、引っ張りだこの演奏家。Molly Tuttleは、フラットピッキング奏法の名手としても専門誌に取り上げられるほど実力者。ただ、この作品で繰り広げられている歌と演奏は、ブルーグラスのイメージよりももっと親しみやすいグッドタイムなムードと、シンプルに歌心が染みるミニアルバムとなっていて幅広くおすすめできるものです。特に、Molly Tuttleは、玄人をも唸らせるギター演奏と、寄り添うフィドル、キュートさと可憐さ香る歌唱がたまらなく素敵で、日本でのブルーグラスの人気を考えると、なかなか注目されることはないでしょうけど、アメリカでは将来メジャーからもリリースしそうな、ポピュラーな魅力も備わった逸材です。

Cosmic Wink
『Cosmic Wink』 (Cosmic Wink) 2015

カナダはバンクーバーで活動する、フィドルプレイヤーと、ギター2人組女性デュオ、Cosmic Winkのファースト作。2人のオリジナルの他、スコットランドのジョージ・スチュアート・マクレナンのトラディショナルや、同郷のフィドル奏者、オリバー・シュレーの楽曲を取り上げていたり、基本、素朴で優しいアイリッシュトラッドの演奏を聴かせてくれます。フィドル、ギター演奏だけでなく、1曲可憐さと温かみある2人のヴォーカルナンバーがあって、それがたまらなく魅力があるので、今後、いいアレンジャーがついて、フィドルのプレイだけに頼らない2人の多様なコンビネーションと、ヴォーカルの魅力をもう少し引き出すことができたらすごく素敵な作品を作ることができるんじゃないか?と勝手に妄想しております。

Saileog Ní Cheannabháin
『Roithlean』(Raelach Records) 2016

この公園喫茶でも取り上げました、Ensemble Ériuが所属している、アイルランドの要注目レーベル、Raelach Recordsからリリースしている、アイルランド人のSaileog Ní Cheannabháinによるセカンド作。シンガーであり、フィドル、ピアノ、ヴィオラを演奏するマルチな才能を持った音楽家で、ネイティヴなアイルランド民謡を歌う正統派な歌い手さんではあるのですが、クラシックも同時に学んでおり、彼女の作品からは、トラディショナルな音楽の魅力を持ちつつもオーガニックでボーダレスなアイルランド音楽の世界を聴かせてくれているようで、とても清々しく響きます。

Rist
『Weekend』(mu-nest) 2008

マーラー、バッハ、ライヒを始めビル・エヴァンスの影響を受ける、女性アコースティック・デュオ、Rist唯一のアルバム。ローズピアノ、ギター、グロッケンシュピール、パーカッション、ピースフルート、シンセサイザー等、たくさんの楽器の音が、エレクトロニカ、IDM、フォークのジャンルを職人技のように編み上げた、美しく気品に満ちたインスト・フォークトロニカ。Ristの奏でるしなやかで躍動感あるリズムと、繊細なメロディーは、淡く豊かなが時間を運んできてくれる。ここには日常のから解き放たれた、小さな永遠が聴こえてくるようです。

Jacinta Clusellas
『El Pájaro Azul』 (RIP CURL RECORDINGS) 2015

ブエノスアイレス出身、現在はNYを拠点に活動する、女性シンガー・ソングライター/ギタリスト/アレンジャーでもあるハシンタ・クルセージャスのデビュー・アルバム。NYジャズと、アルゼンチンの伝統音楽が、共にオーガニックに結びつき、切ない心模様を大海原がおおらかで、優しくなぐさめてくれるような、繊細で、そして正確に描き上げるストリングスや、ピアノ、たゆたうリズム、優しいぬくもりを奏でるギター…それらがハシンタの、憂愁を含みながらも可憐さを失わない歌声とともに、身をゆだねたくなるほど美しい演奏となり全編で展開されている。きっとラストの”El Pájaro Azul – Reprise”を聴き終えるころには、切なくも何かとても愛おしくなる感情を抱くことでしょう。

Sebastian Macchi
『Piano solito』 (Bar Buenos Aires / Shagrada Medra) 2016

モダン・フォルクローレを代表する作品『LUZ DE AGUA』でもお馴染み、Sebastian Macchi(セバスティアン・マッキ)のソロアルバム。失われつつある故郷パラナーの自然を思い、大地の声に耳をすませながら作られたこのピアノソロ作は、彼の繊細な感性とともにパーソナルな思いが溢れ出た作品となっています。各収録曲それぞれ違った表情を聴かせてくれるのですが、クラシック〜ジャズが入り混じりながらも、芸術的な芳香をしのばせ細やかな心模様を、清く奏でるピアノがいつまでも心にすっと染み込むように入ってくる。まるで日本の童謡をジャズアレンジしたような軽やかに舞う淡い郷愁の心地よさを始め、日本人にも通じる、メロディアスで抒情的な側面もあって、こころ温まる余韻がアルバム最後まで続きます。

Luke Howard & Janos Bruneel
『Open Road』 (Which Way Music) 2011

日本でも人気の高い、Henning Schmiedtなどジャンルを問わない美しいピアノ作品が好きな方ならぜひ知っていただきたい、オーストラリアはメルボルンのピアニスト/作曲家、Luke Howardと、ベルギーはアントワープのベーシスト、Janos Bruneelによるデュオ作。オスロのRainbow Studioでレコーディングされた本作は、ノルウェー、デンマーク、ベルギー、ドイツ、オランダなど、北欧〜ヨーロッパツアーで成熟された、2人の気品ある美しい演奏が見事に1枚の作品に収められています。ドラムレスのインティメイト雰囲気の中、ハワードの繊細で優雅な調べに、優しく包み込むウッドベースによる2人の阿吽の呼吸が絶妙な間と、リラックスした空間を生み出しています。

Snowpoet
『Snowpoet』 (Two Rivers Records) 2016

UKのTwo Rivers Recordsは、魅力的な女性ヴォーカルが参加しているグループが多いのですが、その中でも、特にLauren Kinsellaがヴォーカルの、Snowpoetはぜひ注目してほしいグループの一つ。ビョーク、ジョニ・ミッチェル、トム・ウェイツ、 オルロフ・アルナルズ(Ólöf Arnalds)を始め、シルヴィア・プラス、ウィリアム・バトラー・イェイツ、フィリップ・ラーキンら詩人に影響を受けているという。もしこの中で一つでもあなたが好きな人が含まれていたら絶対聴くべきグループです。淡い光に包まれた、映像的空間を描くような、メロディアスなソフトサイケデリアと、スロー〜ミッドテンポの心地よいリズム、そしてLauren Kinsellaのノスタルジックな響きと気品ある歌唱とが美しく結びついた幻惑的なSnowpoetの音世界。特にピアノの伴奏だけで歌われる”If I Miss a Star”は、胸が締め付けられる名唱です。

HAU (Henning Schmiedt + aus)
『Underneath』(flau) 2016

旧東ドイツ出身のピアニスト、作曲家、編曲家、Henning Schmiedtと、東京出身のアーティストYasuhiko Fukuzonoによるソロ・プロジェクトausが製作したカフェのサウンドトラック。聴いてすぐにわかる、人柄までも表れた、優しさあるHenning Schmiedtのピアノ。そこに、ヨーロッパで録音したダルシトーンや大小様々なベル、プロセッシングを施した、Danny Norburyのチェロや、Field RotationことChristoph Bergによる、バイオリンのサンプル、各地で録音されたフィールドレコーディングを背景に潜ませたausによる、作品の構成やミックスが、Henning Schmiedtのピアノのコントラストを詩情豊かに引き出し、静寂を意識させる美しいサウンドスケープを聴かせてくれる。カフェでの楽しみ方は人それぞれ。コーヒーを飲みたい人、誰かとの待ち合わせで時間を潰す人、ゆっくり本を読む人、仕事の打ち合わせなど、少しの時間をゆっくりと、自由に過ごしているはず。これまでになく静謐な演奏を心がけたというHenning Schmiedtのピアノ。いつものソロ作品以上に、ゆったりとした演奏で奏でられた、そのメロディーは、淡く光る空気を映し出すようなausのサウンドトリートメントとともに、様々な感情に寄り添い、カフェでの穏やかな活気と、心地よさのようなものを含め、聴く者を暖かく包み込んでゆく。

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