津田貴司(hofli、stilllife)インタビュー【前篇】


Q.1 アートワークのデザインが、これまでの作品と大胆に変わってるんですが、このことについて作品のコンセプトと併せてご説明していただけますか?

これまでのhofli名義での2作品『水の記憶』と『雑木林と流星群』は、drop aroundの青山さんにアートワークをお願いしました。今回は、RONDADEからのリリースということで、オーナーの佐久間麿さんがアートワークを誰に依頼するか検討を重ね、最終的にPRELIBRIの小熊さんと一之瀬さんにお願いすることになりました。その時点で佐久間さんは知らなかったようなんですが、小熊さんは15年来の友人なんです。ぼくが昔PNdBというユニットでインスタレーション展をやったとき見にきてくれて、当時やっていた「游音(ゆういん)」という即興のイベントやらラジオゾンデやらソロやら、ライブもときどき見にきてくれてい ました。2012年には、彼女達の展示に会わせて音源制作とライブをしたこともあります。ただ今回ぼくからはアートワークに関しては一切口出しはせず、どんなものが出来るかなあとたのしみに 待っているだけでした。

今回の作品コンセプトは、15年くらい前に作った音源から最近作ったものまでをランダムに選んで発表しようと考えたのでした。当初は、映画本体のフィルムは失われてしまい断片的なサウンドトラックのみが出てきたものをコンパイルしたもの、失われた架空の映画のサウンドトラック、という体裁でまとめるつもりでした。CANの「THE LOST TAPES」をもじって「THE LOST FILMS」というタイトル案だったのが佐久間さんとやりとりを重ねるうちに「LOST AND FOUND」というタイトルに決まり、各曲のタイトルも植物図鑑から適当にピックアップした植物の学名をつけたりして、標本の断片だとか、記憶の断片だとか、様々な方向にイメージが広がっていきました。PRELIBRIによる銀の箔押しの三角形も、光を乱反射させながら拡散する断片というイメージなんじゃないかと解釈しています。

Q.2 そういえば昔、ギターマガジンの別冊みたいなので、「LOST AND FOUND」というタイトルで雑誌が出てたんですよね。そこの編集長のオープニングの記述で、”過去は必ず今に生きる”っていう言葉で始ってるんですが、過去の音源も絡めた作品を、今リリースするということは、これまでの作品とはまたちがった意味を持つものだと思うんですが、いかがでしょうか?

そんな雑誌が出ていたんですね、知りませんでした。今回、一番古い音源で1997年ごろに作ったものから、2013年になって作ったものまで、いろんな時期の曲が入っています。先にお話ししたようなコンセプトを思いついてすぐ、未発表の音源からCD-Rで細々と発表した音源まで一切合切聴き返してみたんです。すると、自分でも意外に聴けたんですね。聴けたというのは、作った時点で「よし、これで完成」と感じたことが、今も同じように感じられたということです。作ったときの部屋の匂いとかまで思い出したりして、作業していたのがそんな昔のことに思えなかった。しかしその一方で、聴き込んでいくと、どうやってこんなの作ったんだろうとか、今では考えられないような複雑なことしてたり、逆に気合いで作ったようなものがあったり、いろんな驚きがあって、作った時点では感じていなかった発見がありました。

それらを編集してひとつの作品にまとめるという行為は、もちろん 現在という地点から眺めて捉えたものではあるのですが、レトロスペクティブとして提示したかったわけではないのです。むしろ、押し入れから発見された段ボール箱に詰め込まれていた品々みたいに、過去を振り返ったときの展望や遠近をなくして、いろんな時間や空間や記憶が渾然一体となって針飛びするような、一曲一曲にいろんな背景があることが感じられるような、一筋縄でいかない情報の厚みがあるものにしたいと思って作業しました。”過去は必ず今に生きる”ということを、今回の作品に当てはめて言うと、それが「LOST AND FOUND」なのだと思います。

普段は民族音楽ばっかり聴いていて、現在進行形のシーンみたいなものには疎いのですが、なんとなく自分が活動を始めた頃よりも音楽の手法が細分化されて、それぞれの文脈が出来上がってる感じがする。ある形式の中で洗練させていくという作り方が多いのかな。でも90年代は、たとえば60年代70年代のレアな音源を発掘する動きもあったし、虹釜太郎さんの360°recordsが全方位の辺境音楽の面白さを紹介していたり、「音響派」といわれたものも、聴くということに対する異議申し立てのような動きだったし、そんな動きが自分にはしっくりきたんです。文脈とかじゃなくて、「聴くこと」だけが開示してくれる世界の肌触りようなものが。そうした肌触りのようなものを掘り起こして、こっそりと聴き方を提案するような感じでまとめておきたいと思ったのです。

Q.3 ブログの曲解説で、南方熊楠記念館のことが触れられていました。私事なんですが、白浜が好きで、よく行くんですが、南方熊楠記念館は、密かに白浜の好きな場所の一つなんです。僕が最初行ったのが、夏の無茶苦茶暑い日だったんですね。で、館内に誰もお客はいなくって、クーラーがガンガン効いていて無茶苦茶寒かったことを、作品聴いててリアルに思い出しました(笑)。津田さんは、南方熊楠記念館から受けたイメージというのは、具体的にどのようなものだったのでしょうか?

あの場所、すごくいいですよね!ぼくが訪れたのは、ちょうど編集作業を進めていた頃に関西数カ所でのワークショップの後でした。去年の3月ですね。そのときもほとんど人がいなくて、夥しい標本やら資料やらが無造作に展示されている。有名な粘菌標本があって、顕微鏡をのぞくと血液が流れているみたいに粘菌が動いている様子を観察できたり、落ち葉のすえた匂いがしていたりして、小学校の木造校舎にあった古い理科室とか、ああいう雰囲気を思い出しました。

それから、このアルバムのなかの数曲で、友人が浅草橋に構えていたアトリエの螺旋階段を使って録音した音素材を使っていて。熊楠記念館にも螺旋階段があったんですが、なんとなく関連性というか、不思議な一致を感じたりして、一人で納得してたりしました。熊楠のことを本格的に調べたことはないのですが、植物を観察するのは好きで、植物同士にも相性があって避けあったり、思わぬ方向に枝が伸びたり、、、そういう様子を観察していると、いろんなイメージがわいてきます。このときは、「失われた架空の映画のサウンドトラック」としてまとめるつもりだったので、それがどんな映画か、というのも考えました。

山本政志監督が熊楠の映画を撮ろうとしてたこととか、「ロビンソンの庭」、それからもちろんタルコフスキーのことなんかも考えました。というように、とりとめもないことなのですが、知的な刺激を沢山受けて作業のエネルギーにしたという感じですね。

Q.4 4曲目”geum pentapetalum”のデモを、竹村延和氏に送られたのはどういう経緯でだったんですか?

竹村延和氏は、その頃も今も面識がないのですが、ちょうど『子供と魔法』を出されたあとで、音を、意味や文脈ではなく聴いてみようという態度に非常に共感したんですね。それに、ガチガチの電子音響でもないし、アカデミックな現代音楽でもないという意識がありましたから、まずは送ってみたのでした。当時は、こういう実験的なものを扱うレーベルも少なかったし、手当り次第に売り込めばいいという発想もなかったので、ほかにも共感した360°recordsの虹釜さんに別の曲を送ったりしたのを覚えています。

<後篇へ続く>


2014-01-13 | Posted in インタビューComments Closed 

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