A Winged Victory for the Sullen「Atomos」〜世界的作曲家2人が舞台音楽を通し聴かせる壮大な叙事詩

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text : Kenji Terada (PASTEL RECORDS)

Dustin O’Halloran(ダスティン・オハロラン)とAdam Wiltzie(アダム・ウィルツィー)の2人が再びA Winged Victory for the Sullenとして作品を作り上げてくれた。てっきり1枚限りのコラボレーションと思っていたから、この2人のプロジェクトが継続されていたのは嬉しい限りだけど、スターズ・オブ・ザ・リッドの新作を待ち望んでいるファンとしてはちょっと微妙な感情もあるのですが…。

もうご存知かと思うのですが、A Winged Victory for the Sullenは、ベルリン在住のアメリカ人ピアニスト/作曲家、ダスティン・オハロランと、krankyレーベル、もしくはドローン〜アンビエントを代表するデュオ、Stars of The Lidのメンバーで、ベルギーの女性アーティスト/映像作家、Christina VantzouとのThe Dead Texan、また、同じくベルギーのSSW、Chantal AcdaとのSleepingdogでのコラボレーションでもお馴染みの、Adam Wiltzie(彼もベルギーはブリュッセル在住です)とのプロジェクトです。

とにかく両者を知るファンにとって、この組み合わせはまさに反則技に近いノリだったりするわけで、Stars of The Lidの今のところ最新作「and thier refinement of the decline」(2007年の作品ですが)では、交響楽団を取り込んだ壮大さと、メロデックなアンビエント作になっていたので、そこにダスティン・オハロランというポストクラシカルの中でも脂の乗った人物による叙情あるピアノが加わるんだから…と、音を聴かないうちから自分の妄想の中では既に名作が出来上がっていたのですが、2011年に届けられたファースト作「A Winged Victory for the Sullen」はまさに想像以上に想像通りな、彼らならではの、長所が巧く共存した作品になっていて、「この世でもっとも美しいアンビエント」と評されたのも頷けるすばらしい内容だったのです。

さて、それから3年。話が冒頭に戻りますが、A Winged Victory for the Sullenとしてのセカンド作「Atomos」が届けられたわけです。この「Atomos」は、英国ロイヤルバレエの専任振付師であり、ランダムダンスというカンパニーを主宰し、英国コンテンポラリーダンスに多大な影響を及ぼした一人でもある、Wayne McGregor(ウェイン・マクレガー)の、ダンス作品のスコアとして依頼されたものです。ウェイン・マクレガーは、ポップフィールド〜現代音楽家とのコラボレーションとよくしている人で、最近ではレディオヘッドの「Lotus Flower」のPVでの、トム・ヨークの振り付けを手がけたり、メジャーフィールドですが、アデル、リル・ウェイン、リリー・アレン、エイミー・ワインハウス、そしてポール・マッカートニーなど、多くのミュージシャンの作品を手掛けてきたマーク・ロンソンと「Carbon Life」という作品を作ったり、モダンクラシカルなアーティストだったら、Max Richterの「Infra」もウェイン・マクレガーからの依頼で作られた作品でした。

作品を作る際は、何かしらテーマが存在して、それにそった形で作られるかと思うんですが、そのテーマ自体はあくまでアーティスト側が様々な経験の中から創作のインスピレーションとして生まれてくるものかと私は考えてはいるんですが、仕事として依頼を受ける形の創作活動は、ある意味、形に見えないところも含め、依頼される側からの様々な制約があるのが普通だろうと思うのです。ただ今回は、制作過程において、この作品を彼らのセカンド作として位置つけるようになった背景を含め、ダスティン・オハロランとアダム・ウィルツィー2人にとっても、ウェイン・マクレガーからの依頼は、自分たちの創作意欲と有機的に結びついたものであったのでしょう。

ちなみに、ウェイン・マクレガーについては、「ダンス創作プロセスの実演」という映像が公開されています。

実際のところ、サウンドの重厚感も含め、クオリティーの高さは、より進化していて、制作過程において、この作品を彼らのセカンド作として位置つけるようになったのもなるほど頷ける、彼らの創作意欲が十分に注ぎ込まれた、じっくり聴き応え十分な内容になっています。

と、書いてみましたが、なんだか微妙…なんですよね。

この作品は、やっぱり、ウェイン・マクレガーの舞台のために作られたものであって、彼らのオリジナル作として、どうしても聴いてて心にストンと落ちてくるものが正直ない。もちろん瞬間瞬間は、ハッとする感動があるんですが、作品全体をきいて満足感があったか?と言われれば、個人的な感想ですが、なかったのも事実かなぁ〜。忍耐強く聴いていけば感じ入るところも多いのですが。

これはやっぱり舞台とともに鑑賞した上での評価にしないとやはり難しいですね。映画のサントラともまた違ったものだし。

とまあかなりの言いようになってしまったのですが、実際のところ駄作では全くないので、これまた困ってしまう。制約がある範囲ではあると思うんですが、その範囲内ではとても自由に作業をしているようにも感じる。レコーディングは、ブリュッセル、ベルリン、レイキャビックのスタジオで行われており、レコーディグ場所によって、Ben Frost(Greenhouse Studios)や、元Giardini Di MiròのFrancesco Donadelloが参加、ピアノや、ギター、エレクトロニクス、モジュラーシンセに加え、5人のチェロ奏者、バイオリンとヴィオラも含めた、ストリングスが、重層的な空間を生み出し、時に重くシリアスに、時に神々しいほどの美しく心地よいアンビエントを奏でてゆく。ダスティン・オハロランのピアノはあまり目立ってはいないのですが、時折ストリングスの波の隙間から印象的な旋律を聴かせてくれる。ちょっとBedroom Community寄りなサウンドに近くなってるかな?なんてところもあるけど、やっぱりA Winged Victory for the Sullenでないと生み出せないエクスペリメンタルなポストクラシカル〜アンビエントは、逸品ですね。

でも彼らの音楽を聴いたことにない人は、まずファースト「A Winged Victory for the Sullen」をぜひ聴いてみてくださいね。

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■ アーティスト:A Winged Victory for the Sullen
■ タイトル:Atomos
■ レーベル:Raster-Noton
■ 品番:R-N 125
■ ジャンル:モダンクラシカル/アンビエント
■ リリース年:2014年

<収録曲>
01. Atomos I
02. Atomos II
03. Atomos III
04. Atomos V
05. Atomos VI
06. Atomos VII
07. Atomos VIII
08. Atomos IX
09. Atomos X
10. Atomos XI
11. Atomos XII

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